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 私の編入


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私の編入

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私の編入決意から合格まで。

 短大時代  浪人時代(夏まで)  浪人時代(試験前まで)
 受験1校目  受験2校目  受験3校目
 編入して思ったこと

  短大時代

短大2年の頃付属の短大専攻科(短大の大学院みたいなもの)に行くか、
編入するか悩んでいた。理由として、

1.もともと4大に行きたかった。
2.短大の専攻(商学)より、歴史が勉強したかった。

専攻を変えるには相当勉強しなきゃいけない・・・
編入のために必要な単位を何も取ってない・・・と迷う。
そんな時、友人達が編入している姿を見てやっぱり編入しようと決意。

編入を決めた時期が卒業前の12月だったので親を説得した。そして、編入浪人をすることに決めた。
(うちは父が編入賛成派だったので、あっさり認めてくれました。)

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  浪人時代(夏まで)

とりあえず、編入予備校に通う。
予備校の方が情報が沢山あるから利用しようと思った。
最初の頃は予備校に通学するだけの日々。
とりあえず、予習・復習と新聞を毎日読むことだけは欠かさずにやった。他は何もしていません。
その頃は、それだけのノルマで精一杯で、余裕がなかった。
結構だらだら遊んでいた気もします。(夏は受験の天王山というのに・・・!)
このころから大学で日本史の江戸時代を勉強しようと決める。

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  浪人時代(受験前まで)

恐ろしいほど勉強してない上に、9月、夏バテでダウン。
(予備校のクーラーが強くて、クーラーに弱い私は真っ先に駄目でした。)
体調が治ったのは10月。まるまる1ヶ月勉強しなかった(本当に)。

このままではもう後がないと思い、10月以降死ぬ気で勉強する。
翌年の予備校の体験談にも載りましたが、当時の記憶が殆どない位勉強しました・・・。
・・・と、いうより、その頃の記憶が全くありません。
(母曰く、かなりフラフラしていたので、大丈夫なのかと思ったそうです・・・。)

そうは言いつつも、遊ぶ時は遊んでいた気がします。
(遊んだ記憶もないのですけど。入試1週間前にバーゲンとカラオケ、
入試2日前はドライブしたことは覚えています。)

最後の最後まで江戸の都市史を勉強するか、
身分制度を大学で勉強しようか悩むが、前者に絞る。

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  受験1校目

11月中旬に試しに(1校でも受かったらもうけもの気分で)、T大学文学部歴史学科2年次を受験。
試験は小論文(日本文化論)と英語(大学入試と似た形式)でした。
試験は普通にできたかな?と思っていたが、問題は面接だった。

ボロクソ言われる。

「君の勉強したい学問はうちではできない」
「徳川家康が江戸に入った年も言えないなんて、本当に江戸の都市史を研究したい訳?」等々。
面接官は10人程いたし、初めての面接で緊張もあるのにボロクソ言われて落ち込む。
T大学の教授が何を専攻しているか調べていなかったことが甘かったと思う。
別の受験生と話したら、すごく和やかに面接が進んだと聞いて、落ちたと覚悟する。

・・・が、結果は合格。

後に知った話だが、歴史学科を受験した11人中、合格したのは
私1人だったとか。未だに不思議です。

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  受験2校目

12月最初の日曜日、K大学文学部歴史学科3年次を受験。
T大学に合格していたため、心に少しばかり余裕があり。

既にK大学の過去問題集を入手して、傾向をつかんでいたため、問題もだいたい的中。
しかし、ここの英語は難しい。
英検準1級のレベル(全訳)なので、英語が苦手な私としてはこれがキーでした。

面接は調子よく進む。だいたい10分ほど。
しかも、受験とは別の話で盛り上がる。(K大学は曹洞宗の大学で、
私の親戚に曹洞宗の貫首がいるのだが、向こうもその方を知っていたので盛り上がった。
調べればわかりますね、この大学。)

結果発表は何と、これから受験する埼玉大学の1次発表と同じ日だと判明。
恐ろしいような、怖いような気分でその日に臨む。

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  受験3校目

世間はもうすぐ楽しいクリスマスという時期。
そんな人達を羨ましく横目に見つつ、第一希望の埼玉大学教養学部歴史学コースを受験。
ここは毎年10倍の倍率なので、挑戦校の気持ちでした。
(私の時は大体250人程受験して約20人しか合格者が出ない)。

試験は小論文(科学系)と専門論文。(歴史と日本文化コースは英語受験がない)
専門論文で「伊藤博文について論述せよ」が出て頭の中が真っ白に!
歴史を勉強するなら、全部知っていて当たり前だと思う人もいるかもしれない。
しかし、私の場合・・・歴史は江戸幕末以降、知識が全くないのである。
伊藤博文に関する知識は「最初の首相」「憲法を作った人」「韓国で殺された」程度。
実際、試験にそれしか書けなかったので、他の問題を完璧に(?)書くことにした。

その日の夕方5時に1次結果発表。昼に試験が終わって、待合室で待つ時間が妙に長かった。
一応本を持っていたが、頭に入らず。そして、結果は・・・

合格!!

実はこの時が一番嬉しかった。感激で興奮状態で家に電話。すると、

K大学も合格!

の通知が来ていたとのこと。W感激でした。
K大も合格したし・・・もう悔いはない・・・と思い、翌日の埼玉大学2次試験。

埼玉大学は1次より2次が難関で有名。1次の合格者の半分以下〜1/4しか合格できません。
2次試験とは面接のみ。
覚悟はしていたものの、予想だにしない質問が飛ぶ。
しまいには「歴史学とはどんな学問?」など聞かれ頭が真っ白。
とりあえず、自分の思っていることを答えたら
「違う。それだけじゃないでしょ?もっとあるはずだよ?」と
言われて、泣きそうになる。
殆ど圧迫面接状態(←教授陣はそんなつもりは無かったそうですが・・・)だったが、
自分が本当に勉強したい!と言うことを伝えれば何とかなるだろうと必死だった。
結局、時間にして20分以上の面接だった。
朝10時頃、面接が終わったので家に一旦帰って夕方発表を見に行く。何と、

合格!!

はっきり言って信じられないような、何とも言えない気分でした。
今でもその感激はしっかり残っています。

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  編入して思ったこと

こう書くと、輝かしい記録あるいは自慢(?)のようだけど、
実は受験した学校が全部合格というのは初めてのことでした。
ばらしてしまえば、今まで受験した滑り止め1校以外受かったことがなかったのです。

高校受験以降、受験運がない私でした。
一時は躍起になって、いくら努力しても合格しないから努力はするだけ無駄な物と
考えていた時期もありました。でも、それを変えたのは編入だったと思います。
本当にしたい勉強だったら、何事も一生懸命できることがわかりました。
短大までまともに授業を聞いていなかった私が、大学に入って勉強が面白くて真面目に
授業を聞くようになりました。勉強する喜びも味わう事が出来ました。

そういう意味でも、本当に勉強したい人にとって 編入は夢を叶えるチャンスだと思います。
大学や予備校を見ても編入受験する年齢や職業は実に様々。
だからどんな年代や職業の人でもチャンスはあるのです。
長い文章ですが・・・ここまで読んで下さった方、有難うございました。。
大学関係者の人が見ていましたら、申し訳ございません!!

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